東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2305号 判決 1958年8月25日
控訴人(附帯被控訴人) 日本電信電話公社
被控訴人(附帯控訴人) 旧姓諸泉 村越正士
参加人 柴崎弘
主文
一、原判決中被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分をつぎのとおり変更する。
控訴人は被控訴人にたいし金十二万三百十二円を支払うべし。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴はこれを棄却する。
三、参加人と控訴人および被控訴人との間において、別紙目録記載(ロ)の債権が参加人の債権であることを確認する。
控訴人は参加人にたいし金六十五万六千二百五十円およびこれにたいする昭和三十年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべし。
参加人のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は第一、二審をとおし三分しその二を被控訴人(附帯控訴人)の負担としその一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
事実
控訴(附帯被控訴)代理人は原判決中控訴人敗訴の部分をとりけす、被控訴人(附帯控訴人)の請求、附帯控訴および参加人の請求をいずれも棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は、原判決中被控訴人勝訴の部分を変更し、控訴人は被控訴人にたいし金十三万八千八百七十六円を支払うべしとの判決、附帯控訴として、控訴人は被控訴人にたいし、金十五万五千二十四円を支払うべしとの判決、ならびに参加人の請求を棄却する旨の判決および訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする旨の判決を求め、参加代理人は、控訴人ならびに被控訴人にたいする関係において別紙(イ)の債権が参加人の債権なることを確認する、控訴人は参加人にたいし金七十七万五千百七十円およびこれにたいする昭和三十年七月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は控訴人、被控訴人の負担とする旨の判決を求めた。
当事者らの事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は後記のとおり附加するほか原判決事実らんに記載するところと同一であるからこれを引用する。
被控訴(附帯控訴)代理人の主張、立証
被控訴人は原判決で認容せられたとおり控訴人にたいし別紙目録(イ)の損害賠償債権を有したところ、昭和三十年七月一日そのうち元本債権七十七万五千百七十円を参加人に譲り渡し、同日その旨控訴人にたいして通知を発し、この通知は同月四日控訴人に到達した。よつて原審でもとめた請求の趣旨を減縮し、みぎ元金にたいする昭和二十六年十一月二日から昭和三十年七月一日までの年五分の割合による遅延損害金合計十三万八千八百七十六円の支払をもとめる。
附帯控訴の理由として、控訴人(附帯被控訴人)は原判決を不服として控訴をしたので被控訴人(附帯控訴人)はこれに応じて訴訟を追行するため、弁護士森吉義旭に訴訟代理を委任し、手数料および報酬として控訴の目的物たる損害賠償債権額の二割金十五万五千三十四円を支払う約束をし内金五万円を手数料の一部として支払つた。この金額は控訴人の本件控訴提起により被控訴人が応訴する必要上やむなく負担せしめられたものであるから附帯控訴により控訴人にたいしみぎ金額の支払をもとめる。
参加人の主張事実はこれを認める。
証拠として、甲第二十七号証を提出し、当審証人伝法昌彦の証言を援用し、乙第十ないし第十二号証は不知、同第十三ないし同第十六号証の成立は認める。
参加代理人の主張と立証
参加人は被控訴人が原判決で認容せられた別紙目録(イ)の債権を昭和三十年七月一日被控訴人から譲りうけ、被控訴人は同日その旨控訴人に通知し、この通知は同月四日控訴人に到達したよつて同債権は参加人に帰属したが控訴人、被控訴人はこれを争うから、みぎ債権が参加人のものであることの確認をもとめ、かつ控訴人にたいしては、みぎ七十七万五千百七十円およびこれにたいする同年七月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
控訴人の後記主張のうち債権譲渡が当事者通謀による虚偽の意思表示であるとの点は否認する。
証拠として丙第一号証、同第二号証の一、二を提出し、当審における被控訴人、参加人各本人尋問の結果を援用し、乙第十二号証は不知、同第十三ないし十六号証の成立を認める。
控訴人(附帯被控訴人)の主張と立証
被控訴人所有の本件焼失家屋は昭和二十四年十二月末にはすでに外形が完成していたのであるから、かりにその後昭和二十六年三月ころまでの間内部の造作、壁塗り、ペンキ塗りなどの工事が続けられたとしても、それにともないそれぞれの工事費を加算すればたるのであつて、本件家屋の外形の建築費そのものは昭和二十四年十二月末日以前の価格が標準とされなければならないのである。同年末における一般住宅の建築価格は相当高級な建物であつても坪当り一万円をこえなかつたものであるから原判決が本件家屋の建築費用を坪当り約三万円であつたと認定したのは不当に過大である。
被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴の理由として主張する弁護士の手数量報酬として金十五万五千三十四円の支払義務を負担した事実は不知、本件において弁護士費用は被控訴人主張の不法行為と相当因果関係にある損害ではないからその賠償を求める被控訴人の請求は失当である。
参加人の主張にたいし、控訴人が被控訴人から債権譲渡の通知をうけとつたことは認めるが債権譲渡の事実は不知、かりに債権譲渡の事実があつたとしてもそれは被控訴人と参加人とが通謀してなした虚偽の意思表示であつて無効である。丙第二号証の一、二はその日附の昭和二十七年七月三日作成されたものではなく、すくなくとも昭和三十年九月以後に作成されたものでその内容もいつわりである。したがつて参加人は別紙目録債権を取得したものではないからその請求に応ずることはできない。
証拠として、乙第十二ないし十六号証を提出し、当審証人関川勇太郎、梅津己已人、種市励子、伊藤英美、今英三、市川愛行、松本熙光、米田徹夫、伝法昌彦の各証言、鑑定人米田徹夫の鑑定の結果を援用し、甲第二十七号証の成立を認め、丙第一、二号証はいずれも不知。
理由
(附帯控訴による請求を除く被控訴人の控訴人にたいする請求について)
被控訴人の主張する本件不法行為の原因関係については、当裁判所は原判決理由に判示すると同一の理由によつて控訴人に損害賠償の責任あるものと認めるものであるからみぎ判決部分を引用する。当審における控訴人提出援用の証拠によつてもみぎ認定をくつがえすことはできない。
つぎに被控訴人のこうむつた損害の数額について案ずると、そのうち被控訴人所有の家屋焼失による損害については当裁判所も原判決の認容する六十五万六千二百五十円の限度においてこれを認めるべきものと判断するものであつて、その理由は原判決理由(六の(一))に判示するところと同一であるからこれを引用する。当審証人梅津己已人の証言によつて成立を認め得る乙第十、第十一号証、同証言、当審証人関川勇太郎、今英三、市川愛行の各証言当審鑑定人米田徹夫の鑑定の結果をしんしやくしてもいまだ前記認定を動かすことはできず、他にみぎ認定をさまたげるような証拠はない。
つぎに被控訴人主張の弁護士費用にかんする損害について案ずるに、不法行為によつて損害をうけたものがその損害の賠償を請求する場合、不法行為者が任意にこれを支払わない場合は被害者は裁判所に訴を提起しなければならず、そのためには弁護士に訴訟行為を委任することが通例である。しかし、かような場合に、被害者が弁護士に支払うことを要する手数料報酬などの失費は、直接に不法行為を原因として生じた損害とは解せられず、加害者が任意に賠償義務を履行しなかつたことによるものである。したがつて、遠く不法行為につながりあるものではあるけれども、相当因果関係の範囲外にある損害と認めるのが相当である。もつとも、もし不法行為者が不法行為による損害の発生およびその賠償責任あることを知りながら(すなわち故意に)、または、事案きわめてあきらかであつて善良な管理者の注意を用うるならば専門家ならずとも、損害の発生その額賠償責任あることを知り得る場合にみぎの注意を欠いたためにこれを知らず(すなわち過失により)、被害者の賠償請求に応ぜず、結果として被害者を訴による請求をするのほかない境地に追いこみ、弁護士の手数料報酬などの失費による損害を生ぜしめた場合または、被害者が訴提起したのにたいし故意に事をかまえて抗争し、訴訟を長びかせてそのために費用の支出を増加させたりして損害を生ぜしめた場合はそこに不法行為が成立するものと認めるべく、したがつてこれによる損害を賠償せしめ得ることは当然である。しかし本件における被控訴人参加人はかような主張をするわけではない。被控訴人が本件訴の提起およびその追行のため弁護士森吉義旭にたいし負担した費用額を本件失火の不法行為による損害の賠償として請求するものであること弁論の全趣旨からあきらかであるから、この請求は失火の行為との間には法律上いわゆる相当因果関係がない損害の賠償請求として失当といわざるを得ない。また、必要のないことであるが、ついでに説明すると、本件は事実上法律上相当に複雑困難な問題のある事案であることあきらかであるから、控訴人が損害賠償義務をみとめず、訴訟において失火による不法行為の成立および損害の数額を争つているのは控訴人の故意あるいは過失により不当に抗争するものとはみとめられない。そうすると被控訴人の弁護士費用負担についての損害賠償請求は理由なく、原判決がその損害として十一万八千九百二十円を認容したことは失当であり、この点に関する控訴は理由あるものといわざるを得ない。
してみると控訴人は被控訴人にたいし本件不法行為による損害として前示六十五万六千二百五十円の限度において支払義務があるから被控訴人の請求(当審において減縮したもの)のうち、みぎ金額にたいする昭和二十六年十一月二日から昭和三十年七月一日までの年五分の割合による遅延損害金十二万三百十二円を支払う義務があり、この範囲で被控訴人の請求を認容すべきであるがその余は失当として棄却すべきである。
(附帯控訴による被控訴人の控訴人にたいする請求について)
被控訴人(附帯控訴人)は控訴審において依頼した弁護士森吉義旭にたいして支払うべき報酬手数料金十五万五千三十四円(内金五万円は支払ずみ)を本件不法行為による損害とし、当審において訴を拡張して控訴人(附帯被控訴人)にたいして支払を求めるものであるがその理由ないこと前示原審における弁護士費用の請求について述べたところによりあきらかであるからこれを引用する。よつて被控訴人の附帯控訴は棄却をまぬがれない。
(参加人の請求について)
控訴人にたいする関係において、当審における被控訴人本人および参加人の各本人尋問の結果、およびこれらにより真正に成立したと認め得る丙第二号証の一、二成立に争ない丙第一号証に本件弁論の全趣旨をあわせると、被控訴人は参加人にたいし昭和三十年七月一日別紙目録(イ)の債権を、かねて同人に負担していた自動車買受代金残五十三万五千円の債務の代物弁済として譲り渡したことを認めることができる。被控訴人にたいする関係においてはみぎ債権譲渡の事実は争なく、被控訴人からの債権譲渡通知が同月四日控訴人に到達したことは各当事者間に争ないところである。
控訴人は被控訴人と参加人間の前記債権譲渡行為は当事者通謀による虚偽の意思表示であると主張するけれども成立に争ない乙第十三ないし十六号証当審証人松本熙光の証言によるもみぎ事実を確認しがたく、他にこれを認めるにたる証拠はない。もつとも、みぎ松本証人の証言によると丙第二号証の一、二はその作成日附である昭和二十七年七月三日に作成されたものでなく後日作成されたものではないかという疑をいだかせるけれども、それだからといつて他の反対証拠を合せても前記債権譲渡が通謀による虚偽の意思表示であると断定することはできず、結局みぎ債権譲渡は有効になされたものといわざるを得ない。
しかしながら前記のとおり原審で認められた金七十七万五千百七十円の損害賠償債権のうち十一万八千九百二十円は不当であり、はじめから発生しなかつたものであるから参加人はみぎ債権譲渡によつて内金六十五万六千二百五十円の債権を取得したにすぎないものである。
よつてみぎ範囲において被控訴人と控訴人にたいし、債権存在の確認をもとめ、また控訴人にたいし同金額とこれにたいする債権譲渡通知到達の日の翌日たる昭和三十年七月五日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める参加人の請求を理由あるものとして認容すべく、その余は失当であつて棄却すべきものである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 谷口茂栄 満田文彦)
債権目録
(イ) 昭和二十六年五月二十三日午後六時四十分青森県上北郡大三沢町大字三沢字猫又百二十二番地所在古間木電報電話局から出火し隣接の被控訴人所有木造平家建店舗付住宅一棟建坪二十六坪二合五勺を焼失せしめたことにより控訴人が被控訴人に支払うべき金七十七万五千百七十円およびこれにたいする昭和二十六年十一月二日以降支払ずみまで年五分の割合による損害賠償債権(東京地方裁判所昭和二十六年(ワ)第六、六二八号損害賠償請求事件につき同裁判所が昭和三十年二月五日言渡した判決において認容されているもの)
(ロ) みぎ損害賠償債権元本のうち金六十五万六千二百五十円の部分